佐久間健の執筆活動



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日本規格協会(雑誌寄稿 2007年6月15日)

「標準化と品質管理」Vol.60 No.7

『先進企業のCSR戦略の特徴とCSR戦略の本質』

はじめに

CSRのISO26000の発効を待つまでもなく、日本の先進企業のCSRは現段階ではまずまずのレベルにきている。CSRは多様で、奥深く、進化もするため、企業にとってのハードルは年々高くなるので簡単ではない。本稿で紹介する企業の殆どがグローバル企業かまたはそれを目指す企業であるが,これらの企業は大いにCSR遂行の参考になる。そこで日本企業をリードする先進企業10社のCSR戦略を分析してその特徴を総合的に述べるともに,CSRの戦略的本質とは何かを述べてみたい。

1.日本のCSRをリードする先進企業

日本を代表するグローバル企業のトヨタやホンダ、キヤノンはCSRにいち早く取り組んだ企業である。トヨタはリオデジャネイロの環境サミットを契機として、企業戦略を環境を主体にし、基本理念にもCSRの思想を取り入れた。ホンダは1970年のマスキー法以来環境問題に積極的に取り組み独自の道を歩んできた。本田宗一郎は常々、企業の社会的責任を口にし、その重要性を従業員に説いている。両社とも現地生産を主体とした経営戦略を採り、海外の社会文化を尊重し、現地雇用を拡大するCSR戦略により成功してきた。キヤノンには1988年に確立した企業理念「共生」があり、歴代の社長はCSRである「共生」に従い戦略構想を構築し遂行してきた。日本のCSRはこのようなグローバル企業により既に早くから進行していた。実は私がある企業グループへ「社会的責任の提言」を書いたのが1960年代末で、米国で「企業の社会的責任」が強く問われ始めた頃である。今のCSRの概念まで完成されたものではないが、既に世界ではこの頃から企業の社会的責任が叫ばれていた。経済界でCSRの重要性を本格的に説いたのは経済同友会の代表幹事(当事)で富士ゼロックス会長(当事)の小林陽太郎氏である。富士ゼロックスは、独自のCSRツールを持っており、これに従いCSRを遂行し優良企業として実績を上げている。オムロンもCSRを経営の中心に据えており,CSRに熱心な代表的企業である。横河電機の内田勲社長(現会長)は先頭に立ってCSRの重要性を従業員に説き業績を上げている。アサヒビールはサプライチェーンの重要性に気がつき2003年にCSR調達をいち早く実施した企業であり、ゼロエミッションもいち早く取り入れた。リコーは2004年早々に「リコーグループCSR憲章」を発表し、グループでCSRを遂行している。松下電器も中村邦夫社長(現会長)をCSR議長としたCSR体制をスタートさせ日常業務の中でCSRを遂行してきた。グローバル企業を目指すイオンは岡田元也社長の主導のもと、経営はCSR戦略で貫かれている。

2.先進企業のCSRの10の特徴

今回対象にした企業は、トヨタ、ホンダ、キヤノン、松下電器、リコー、イオン、アサヒビール、オムロン、富士ゼロックス、横河電機である。勿論これ以外の会社でもCSRの優良企業は沢山あるが、上記10社に絞らせていただいた。対象企業はそれぞれ独自のCSR戦略を展開し実績を上げているが、先進企業には共通するCSRの特徴がある。

1.経営者がCSRを主導し自主的に行っている。
2.CSRをビジネス戦略と考えている。
3.企業理念、企業ビジョン、企業戦略にCSRが戦略的に組み込まれている。
4.CSRを遂行する企業文化、風土が確立されている。
5.CSRはイノベーションであり、意識改革であると考えている。
6.企業倫理・法令順守に力を入れ、透明度の高い経営を行い、よき企業市民を目指す。
7.環境経営に力を入れている。
8.コミュニケーションが戦略的である。
9.経済的利益だけでなく、目に見えない社会的利益を手に入れている。
10.危機管理能力がある。

これら10の特徴を参考にし、企業のCSRの状況をチェックしてみるとその企業のCSR戦略と遂行度合のレベルがどれぐらいにあるのかが分かる。しかし今回気になったのは、一部の企業にはかなり真剣さが見られるが、人権や労働問題への対応、国際的合意文章(OECD多国籍企業ガイドラインやILO三者宣言など)への取り組みについてはこれからの大きな課題のように思える。

3.CSRの特徴の総合的分析

それぞれの特徴について総合的にそのポイントを説明しておきたい。

(1) 経営者がCSRを主導し自主的に行っている

経営者が自ら主導し自主的にCSRを採用している。富士ゼロックスの小林陽太郎氏は「CSRは経営者の仕事である」と言う。キヤノンは歴代社長により「共生」によるCSR経営が行われてきた。リコーの桜井正光社長(現会長)も松下電器の中村社長(現会長)も環境経営で実績を上げ、さらにCSR戦略を積極的に採用してきた経営者である。

(2) CSRをビジネス戦略と考える

先進企業は、CSRはビジネス戦略であることを認識し、業績を上げている。CSR戦略により企業の経済的基盤が強くなり、また社会からの信用・信頼が増し、企業の社会的価値を高め、それがまた企業の経済的価値にも大きな影響を及ぼす。トヨタはCSR戦略を採っていると明言していないが、その企業戦略はCSR戦略そのものであり,CSRはビジネス戦略であることを最もよく知っている企業である。横河電機の内田会長も積極的なCSR戦略経営者であり、「CSRと利益は両立するという考えではなく,CSRを遂行するから利益が上がるのだ」と強調する。

(3) 企業理念、ビジョン、企業戦略にCSRが戦略的に組み込まれている

企業の使命、存在理由が企業理念であり、その企業理念が経営者、従業員を動かす力を持っていることが重要だ。有力企業の企業理念はそうである。企業理念の活用がよく分かっており、企業理念とCSRがリンクしている。ビジョンを実現するのが企業戦略である。企業理念、ビジョン、企業戦略にCSRが戦略的に組み込まれているのが強い企業のCSR戦略の特徴である。今回の対象企業はそのような特徴を持っている。企業の存在理由を強く意識することにより、経営者も従業員も企業理念のもとに一体化し、揺るぎのない経営が行なわれる。

キヤノンの賀来龍三郎は社長に就任した時にCSRの重要性を強く認識し、先ず「企業を社会の公器」と位置づけて10年の歳月をかけてCSR「共生」の企業理念を確立した。賀来はすべてをこの共生の理念に基づいて判断し、「世界優良企業構想」を計画、遂行し、キヤノンを世界的企業に発展させた。後の山路敬三社長は、共生の企業理念を発展させ、環境経営をいち早くキヤノンの経営の柱とした。さらに御手洗冨士夫社長(現会長)は共生の理念でキヤノンを世界の超優良企業にした。

トヨタの基本理念はCSRの考えが各所に盛り込まれ、ビジョンもCSRそのものと言える。そして企業戦略の中でCSRがより具体化し、従業員は日常業務の中でCSRを自然体で遂行することができる。松下電器も、オムロンもそのような代表的企業である。

(4) CSRを遂行する企業文化、風土が確立されている

企業文化は、経営トップから従業員までがそれを共有し、判断と行動の暗黙の規範または風土をつくる。経営者と従業員のベクトルを一致させる共通の価値観ともいえるのが企業文化だ。優良企業はこの企業文化がきちんと確立され、従業員の士気も高い。このためトップの経営方針、戦略が従業員に浸透し理解され、それが行動となって現れ、よい結果生む。この企業文化は普通成文化されていないが、最近は企業のグローバル化に伴い海外従業員の理解を高めるため、成文化する企業がある。「トヨタウェイ」などのその代表的なものだ。共生はキヤノンのCSRであり企業文化である。御手洗冨士夫社長(現会長)は、共生を活性化させ、「技術中心のキヤノンから利益重視のキヤノン」へと企業文化の大転換を行った。企業文化も社会の変化、企業の発展に合わせて改革し発展させる必要がある。 アサヒビールも企業文化の大変革を行い成功した代表的企業であり、リコーも環境経営の重要性が企業文化として確立された企業である。

(5) CSRはイノベーションであり、意識改革である 

CSRの遂行は企業の大きなパラダイムの転換であることを経営者が強く意識し、気づいている。それは経営の変革であり社会やステークホルダーへの姿勢の転換である。それゆえ富士ゼロックスの小林陽太郎氏は「CSRは経営者の仕事である」と強調するのである。CSRは社会の変革に対する企業の意識改革に大いに貢献することができる。

(6) 企業倫理・法令順守に力を入れ、透明度の高い経営を行い、よき企業市民を目指す

企業倫理・法令を順守し、透明度の高い経営を行い、よき企業市民を目指すことが先進企業の共通の目標である。CSRは法令を超えるところにその社会的意義がある。企業に良心があるかどうかを社会やステークホルダーは厳しく見ている。そのためどの企業も企業倫理・法令順守の教育とコーポレートガバナンスには力を入れている。

(7) 環境経営に力を入れている

先進企業の殆どが環境経営に熱心で、経営者の問題意識が非常に高い。環境はコストがかかり利益に影響すると言われた時代に環境経営に力を入れ「環境は利益を生む」ことを証明した。これがCSRを遂行しやすい社内状況をつくった大きな理由である。CSRでもこの意識の高さがなければ持続的社会も持続的な企業を目指すことなどできない。

(8) コミュニケーションが戦略的である

ステークホルダーとのコミュニケーション活動が戦略的に行われている。コミュニケーション活動はCSRを遂行する上で非常に重要である。「コミュニケーションは経営である」とキヤノンの御手洗冨士夫会長は言っている。ステークホルダーの構成内容は企業または国や操業先により異なることもある。またステークホルダーの優先順位も違ってくることも多い。これを考慮にいれて各ステークホルダーごとにコミュニケーション活動を計画し、実施している企業が多い。

(9) 経済的利益だけでなく、目に見えない社会的利益を手に入れている

ステークホルダーを尊重した経営を行い、彼らと社会の信頼を獲得し、目に見えない社会的利益を手に入れている。レピュテーションが上がる、ブランド力がつく,SRIの対象企業になるなどがあげられる。それがまた経済的利益をつることになる。経済的な利益と社会的利益が相互作用して、よい方向に企業が自己組織化していけるのが強い企業の特徴である。

(10) 危機管理能力がある

CSRは社会適合戦略であるから、社会の変化、ステークホルダーの動向に目を配ることにより、企業を取り巻く空気に敏感になり、ビジネス感覚と危機管理能力も優れてくる。特に経営者の危機意識がどの企業も高く、それが従業員に伝播する。問題を起こした場合でも社会への対応も早い。誠実な対応の早さは逆に社会からの評価を高くする。松下電器の温風暖房機の事件がそのよい例である。

4.CSRの戦略的本質

CSRは意識改革から始まる。特に経営者の気づきが重要だ。CSR戦略の本質は、今までの考えを変えることにある。特に次の4つを認識し、行動に移すことがCSR戦略の本質であると筆者は考えている。先進企業はこのCSR戦略の本質への認識が高い。

@企業天動説から企業地動説への転換
ACSRは企業の社会適合戦略である
B利益に対する大きな考えの変革
CCSRは建前と本音を一致させること。

これらはCSRの戦略的本質が何かを端的に表現するもので、CSR戦略を採るときには絶対欠かしてはいけない事項である。是非とも参考にしていただきたい。

(1) 企業天動説から企業地動説へ転換

企業の存在理由が大きく変わったのである。企業とステークホルダーとの関係を図にすると、企業の周りを放射状にさまざまなステークホルダーが取り巻いている。これは企業が太陽であるという発想で「企業天道説」である。企業にはこの意識が強い。しかし,CSRにおいてはこの考えを変えなければならない。ステークホルダーが中心にいて、ステークホルダーが太陽であり、企業はさまざまな顔を持ったステークホルダーの周りを回る惑星であり、常時そのステークホルダーと対話やコミュニケーションを図るべきという考えが企業地動説である。「企業天動説」から「企業地動説」への転換である。真ん中にさまざまな顔をしたステークホルダー集団がいる。企業の姿勢が悪く、コミュニケーションが不足をしたり、不透明であると太陽であるステークホルダーの間に雲が発生し、ステークホルダーが見えなくなる。企業がおかしくなるのはそうした状況だ。それがひどい時には惑星ではなく、冥王星になり、最悪の時には、ステークホルダーの引力から離れ、太陽系から飛び出てしまう。このようにして消滅した企業がいかに多いことか。依然として企業天動説の企業が多く、企業地動説であることに気がついていない。企業はステークホルダーの引力により持続することができるのである。企業の社会的責任とは、コペルニクス的な発想をするとよく理解できる。イオンは小売業や流通業ではなく「顧客満足業」を目指すという。イオンの立場からものを見て考えた「顧客満足業」は本物ではなく、顧客・ステークホルダの立場から考えた「顧客満足業」でなくてはならないと岡田社長は言い切る。フェアトレードの実施,SA8000 の認証取得などもこのような考えに沿って行われている。アサヒビールもこの考えに近い。ステークホルダーは全て顧客であると考え,CSRは「CS(顧客満足)+R(Relation交流)」と考えている。最近、企業の行動規範などに「相手の立場に立って」と言う言葉が目に付くようになった。これを本気で行動で示す企業が強い企業となることができる。※ SA8000:ナイキの児童労働問題でよく引き合いに出されるのがSA8000である。
 これは米SAI(国際労働規格)が付与する児童労働や強制労働などを行わないことに対する認証である。

(2) CSRは企業の社会適合戦略

CSRは企業の社会適合戦略である。以前は社会が企業に適合させられてきたところがある。しかしこれからは逆で、企業が生き残るには社会やステークホルダーの変化に適合していく力を持たなければならない。社会の動きの方が企業の動きよりも数段早い。CSR戦略を遂行するには、時の流れ、ビジネスの潮流、社会の要請を読み取る力が必要となる。これを怠ると段々と生き残ることが難しくなる。現状維持ほど楽なことはない。楽しているうちに適合力を失っていく。強い企業は社会に適合するための経営努力を行う。企業改革、顧客や社会のニーズにあった技術や製品の開発は必然なものであり、グローバルな社会問題への対応と危機管理にも力をいれている。

(3) 利益に対する考えの大きな変革

CSRは利益を稼ぐ過程が非常に重要である。例えば製造業の場合、開発・設計・調達・製造・販売・使用・回収・リサイクル・廃棄のすべてのプロセスにCSRの考えが戦略的に組み込まれて、その結果として利益がでることが「CSRの利益」の考え方である。結果オーライではない。どのようなプロセスを経てどのようにステークホルダーに配慮をして利益を出したかである。このような配慮のできる企業は自然と利益が出る。つまりこれは仕事への姿勢、取り組み方が変わったことを意味する。横河電機の内田会長の言う「CSRを遂行することにより利益が上がる」とはこのようなことを言っている。不正による利益取得は将来に禍根を残す負の利益である。児童労働・強制労働や環境負荷の多い資材の調達や製造は避けなければならない。御手洗冨士夫氏は「公序良俗に勝る利益などない」と言っているが、その通りである。企業がサプライチェーンの協力体制の点検と強化に力を入れ、教育・研修を盛んに行っているのはこのためである。

(4) CSRは建前と本音を一致させること

CSRは理想を実現して、それを当たり前の世界にすることである。理想は企業理念に盛り込まれている。理想を実現できる企業が強くなり生き残ることができる。理想は夢ではない。「理想(理念)は理想(理念)で建前は違う」と言うことはCSRにはない。環境問題はコストがかかり面倒な代物と考えていた経営者も多かった。しかし、時代の先を見ていた経営者は、それが当たり前になると思い他社に先駆けて環境経営を実行に移した。トヨタは金食い虫と言われたハイブリッドシステムを根気強く開発し、自動車会社の理想を実現した。「何ができるかではなく、何をなすべきか」で具体化し、実現をする。「やれることからやり、やらねばならないことは後回しにする」という日本的発想と行動からの脱却である。建前と本音を一致させるのである。その結果、社会から受け入れられ、企業は持続することが出来る。

まとめ

強い企業のCSR戦略には基本原則がある。企業理念、企業ビジョン、企業戦略の中にCSRが企業の特徴を生かして戦略的に組み込まれ、トップの強いリーダーシップにより遂行されていることである。つまり企業理念に盛り込まれている企業本来の使命の遂行に最も適しているのがCSR戦略である。そのためCSR憲章などを設けてそれに従い行動する企業もある。CSRの遂行に企業文化が大きな影響力を持っている。企業文化は経営者と従業員のベクトルを一致させる共通の価値観であるからだ。

日本の先進企業がCSR戦略に熱心に取り組む理由は、CSRがグローバル社会の企業戦略であり、また社会適合戦略であり、社会的な要請でもあるからだ。CSRはステークホルダーの立場でものを考え、それが企業にもステークホルダーにも利益をもたらすことになる経営であり、ビジネス戦略である。CSRとはまさに企業がやらねばならない当たり前のことをやることである。この当たり前のことができる誠実な企業だけが経済的な利益も社会的な利益も得て本当に強い企業となり、持続的社会づくりに貢献し、持続的企業を目指すことが可能となり、そして尊敬される企業となることができる。

参考文献